蓬莱山(クロトノハゲまで):1月4日

以前から計画していたお正月雪山ハイク。天気予報によれば滋賀県は午後から雪。行ける所まで行ってみようと思い、友人Mと朝6時半に実家の最寄駅で待ち合わせた。前日に梅田の山道具屋でワカンと手袋と靴下を調達した。ワカンの購入はそうとう迷ったものの、最近の武奈ヶ岳の山行記録を見ていると必須なようなので入手した。登山靴も6年目ぐらいで、ここ最近のオーバーユースもたたり、アッパーとソールの間のゴムに隙間があり浸水の恐れがあったため、補修用グリューも購入し、前日晩に隙間を埋めておいた。


当初は、武奈ヶ岳へ坊村から登る予定だったが、正月に、かつて何度も比良山系に通っていた父親に聞いてみたところ、「初めての雪山で武奈は無謀」と即答されたこともあり、行き先を、ロープウェイという「便利」なエスケープルートのある蓬莱山に変更した。福岡で何度か雪の積もっている山には行ったことのあるものの、本格的な雪山へ行くのは初めてだったので、装備・ルート・時間など不安材料が沢山あった。おまけに正月中に風邪をひいたらしく咳が止まらない。


当日朝あわただしく実家のマンションを出た。駅に向かう途中、愛用のタオルを忘れたことに気付き気が沈む。Mからメールで少し遅れるとの知らせ。1本遅らせることにした。都会は電車が多くで便利。駅前でMと落ち合い、京都線に乗り込む。京都駅で懐かしい湖西線に乗り換え、志賀駅へ向かう。車窓からは右手に琵琶湖、左手に比叡山などが見えた。しばらくすると比叡山の奥に雪化粧をし、ひときわ目立つ比良山系が見え始めた。家族に連れられて何度も比良山へ行った幼い頃の記憶が一気によみがえった。志賀駅では我々と数人の観光客、スノーボード客が下車。


改札口に下りると、ロープウェイの職員が二人立っており、「本日営業停止」を告げていた。午後からの悪天を予想し、終日運休にしたようだ。スノーボードを抱えた若者たちはうろたえていた様子だったが、マキノあたりのスキー場に変更したのだろう、いつのまにか居なくなっていた。我々は駅前で登山の準備を始めた。驚いたことに本日のMのフットウェアはゴム長靴だった。あの黒いペラペラの普通のゴム長だ。まあ、マタギもゴム長を愛用しているそうなので、有りなのかとも思ったが、寒さでやられそうな予感はしていた。ちゃんとした登山靴を持っているにもかかわらず、あえてゴム長で来るのが、既成のスタイルを嫌いヴァリエーションを好む、昔から変わらないMの流儀なのだ。


Mが先行し何となく麓へ向かって歩き始めた。地図も無いのに何故に道が分かるのかと思いつつ追従。湖西道路の高架が見えた頃に道を間違えたことに気付く。一旦引き返してポイントである樹下神社を目指す。樹下神社正面にある道標を頼りに右へ進み徐々に高度を上げる。湖西道路の高架をくぐり、杉林の間につけられた林道を進む。40Lぐらいのザックにするつもりだったが、アイゼン・ワカン・魔法瓶・クッカー・食料・着替えなどを入れたら、結局60Lのザックが一杯になってしまった。久しぶりの重荷と風邪気味のためかなかなか足が進まない。駅から麓に向かう途中に降っていた雪も止み、徐々に天気が回復してきたようだ。とりあえず登山口まで行って見るかという感じだったが、なんとなく行けそうなので、登山口を過ぎキタダカ道に進入。


しばらくすると巨大な堰堤が現れ、足下には雪も出てきた。堰堤を右に巻き、20cmぐらい雪の積もった橋を渡り、杉林のつづら折の道を進む。前日に下りてきた人のものと思われるトレースがしっかり残っており、道に迷うことはない。長い長いつづら折の道。斜度はないが、同じ景色、同じ折り返しにうんざりしてくる。途中でスパッツを装着。雪山は道端に腰掛けられないのでザックを椅子にして装着するが、なかなか難しい。銀マットをカットした簡易座布団がザックの奥にあり取り出せない。M曰く、グリップが弱い以外、今のところゴム長でも何の問題もないらしい。


長い長いつづら折の道の風景も徐々に、杉の人工林から樹種の豊富な天然林へと変化してきた。木々の間から光も指し始め、ますます天気も良くなってきた。同時に、積雪量も増え、足がズボズボっと雪にとられるようになり、速度が落ちる。積雪5〜60cmといったところだろうか。ここまでの雪は福岡では経験したことがない。南東側斜面とはいえ、やはり比良山系は豪雪地帯なのだなあ。武奈ヶ岳の北西斜面なら即座に撤退だったかも知れない。しばらくすると、ひときわ太い立派な杉の古木が立っていた。登山地図にある天狗杉だろう。英彦山の鬼杉といい勝負だ。


斜面を見上げるとやっと潅木の立ち並ぶ尾根が見えた。雪も相当深くなり、少し前から下山者のトレースにもワカンの跡が見えていたので、休憩してワカンを装着することにした。前日の晩に固定の仕方を叩き込んでいたので、なんとか装着することができた。Mの分のワカンが無いので申し訳ない気持ちになる。実は木製のワカンが実家にあったのだが、固定するヒモもなく、固定方法も判然としなかったので持ってこなかった。Mにアイゼンの装着を勧めるも、まだ行けるとのこと。ワカン初体験はなかなか面白いものだった。つぼ足だと沈むかもしれないと躊躇しながら足を運んでいたが、ワカンがあるとトレースの上ではあるが、気軽に足を踏み出せる。沈まないことは決してないのだが、沈み具合がつぼ足とは比較にならない。特に重荷を背負っている時には効果を発揮しそうだ。


強い光の指す、気持ちの良い平場に出た。ようやく尾根に上がらせてもらえたのだ。小ピークを右に巻く。右手には比良岳・烏谷山方面が望める。雪の嵩が高いせいか、樹木の枝が顔をかすめる。Mも枝で顔面を殴打したようだ。ゴム長が心配なので何度か「大丈夫か」と聞くも「問題ない」との返事。小ピークをトラバースした先に、お地蔵さんと道標が見えた。本日初の道標だ。行き先を見上げるとロープウェイの山頂駅舎が見えた。地図によればこのあたりが「クロトノハゲ」のようだ。眩しいぐらいに光も降り注ぎ、あとは駅舎まで一気に駆け上がるだけだ。そのとき、Mから「ちょっとまって」と声がかかる。「足先の感覚が無い」。とりあえず替えの靴下に交換してみることを提案する。


トレースが新雪で埋まってしまった雪の斜面を登り、平らな広い場所にて休憩。Mは立ったまま靴下を交換。浸水したわけではなさそうだ。靴下を変えても足先の血流は戻らない様子。ロープウェイも営業していないし、今回はここで下山することに決定。凍傷になったら取り返しがつかない。靴下を替えたMはそそくさと来た道を下っていく。あせるのは分かるが、急いで下りて道にでも迷ったら大変だ。写真を何枚か撮って私もMを追って下山。高度計によれば980m地点で折り返したことになる。単独ならばまず間違いなく打見山を経由し蓬莱山まで行っていただろう。しかし、後からこの時点での折り返しが大正解であったことがわかった。


我々のつけたトレースを忠実に辿って、来た道を戻る。しばらくするとMから「つま先が下を向いているから血流が戻った」と告げられた。何とか凍傷は免れたようで一安心。途中、Mはアイゼンを装着。ゴム長の軟らかいソールに装着できるはずがないと思ったが、何とか形になっているようだ。途中なんどか外れてはいたが。アイゼンを装着しトラクションの上がったMは軽快に下っていく。今日は全く登山者に会わない。天狗杉手前の陽の差す場所で昼食をとることにした。誰も来ないので道の真ん中に銀マットを敷いてお互いのガスストーブでお湯を沸かす。私は激辛カップ麺。Mは餅入りぜんざい。待ち時間5分がもどかしかったが、なかなか美味。魚肉ソーセージとコーヒーでしめて先を急ぐ。山中では普段は食べない体に悪そうな食料が美味く感じてしまう。


だらだらと長いつづら折を下る。所々琵琶湖方面に視界が開け、海のような広くて穏やかな湖面が見える。ワカンを外し、私もアイゼンを装着。出歯の無い10本爪の軽アイゼンだ。6本爪がいかにも歩きにくいので購入したが、どうせなら本格アイゼンを買えば良かったかな。まあ、安定感があって悪くはない。往路渡った橋をMが通り過ぎたので、後ろから声をかける。下を見ていたので見過ごしたそうだ。疲れもあっただろうが、道迷いの典型パターンなので気をつけねばならない。まあまっすぐ行っても下山はできたのだが。琵琶湖の対岸に在り真っ白な威容を誇る伊吹山などを眺めつつ、麓の里を抜けて、樹下神社まで戻ってきた。蓬莱山を振り返ると吹雪きで恐ろしげなことになっている。仮にあのまま山頂まで行っていたら下山は相当困難を極めたはずだ。時間的にも厳しかっただろう。結果的には絶好のタイミングで折り返したことになった。


琵琶湖まで下り、湖畔でコーヒーを淹れ一服。丁度十年前の真夏にMと二人で琵琶湖一周のサイクリングをしたことを思い出す。なんだかんだ二人で色んなところに行ったものだ。雪も激しくなり寒くなってきたので、志賀駅に戻る。駅前に着いた頃には蓬莱山方面は吹雪きのため完全に山が見えなくなってしまった。駅舎でMが駅員から切符を購入。口は悪いが気前の良い駅員で、ゴミを捨ててくれた。接客言葉を使わないその駅員との会話から国鉄時代の駅員の対応を思い出した。マニュアル通りの接客とは違う人柄の良さを感じた。ホームの休憩所でお菓子を食べ、懐かしいカラーリングの湖西線に乗って帰宅。前日遅くまで仕事をしていたMには少々きつい日程だったかもしれない。次回はもう少し余裕を持って山に行きたいと思う。M君おつかれさま。


歩行距離:8.3km